摩訶摩訶の思い出

ゲーム好きの方なら一度はこの摩訶摩訶というタイトルを聞いたことがあるのではないでしょうか。
当時実際にプレイした人数がどれだけのものかはわかりませんが、デスクリムゾン同様ネットが普及したあとのほうが話題を集めているゲームでしょう。

間違いなくクソゲー

このゲームは泣く子も黙るほどバグの要素が詰め込まれたバグゲーです。その上テンポも最悪で敵は強く、身動きできずハマる個所も多いのです。しかし、私はこのゲームを頑張ってプレイし続けました。家族もプレイし続けました。それはなぜか?
それは単純に、このゲームが初めてプレイしたゲームだからなのです。初プレイが摩訶摩訶。前世でゲームの神様でも怒らせたのでしょうか。でも今思い返すとスーファミのソフトとしては漢字も結構多く、保育園児だった当時の私がプレイできていたのか?と疑問に思いましたが、家族に聞いてみるとスーファミと一緒に買ったソフトがこの摩訶摩訶だったのこと。私の初プレイソフトはどうあがいても摩訶摩訶のようです。

このゲームのどこがひどいのか。
街を歩くテンポが悪い。ダンジョンの敵が強い上に鬼エンカウント。一定以上レベルを上げると防御力がゼロになる。フィールド上でどのキャラを選んでも主人公の魔法しか使えない。最短距離で歩かない方がおかしいダンジョンで最短距離で歩くと必ずバグる。
などなど、システムのことをあげたらキリがありません。というか書き出してみるとどれかひとつでも普通のRPGで起こっていたらそれだけでクソゲーのレッテルが貼られそうなものばかりです。でも当時の私はなんともありませんでした。なぜなら前述のとおりこれが基準だからです。

ネットが普及したいま、クソゲー扱いで認識が統一されているゲームでも、当時だと別にクソゲーだと思わなかったけどなあと思うものは結構多かったりします。ですがこの摩訶摩訶は舌の肥えたユーザーがあれこれ難癖をつけて現代の価値観から判定したクソゲー認定ではなく、当時の価値観でも現代の価値観でもクソゲーであることは保証できます。

敵キャラの唯一無二すぎる存在感

当時保育園児の私にとっての一番ひどい思い出。それは敵キャラです。
相原コージ氏が描かれたキャラ達は個性に溢れ、とても濃いキャラばかりです。いまの私にとっては大好きなセンスなのですが、幼少の私にとっては奇異奇天烈で気持ちがわるいものばかりでした。

▼たとえばこのじんめんが。単純に気持ちがわるいです。
jinmenga

▼つぎにこのオオグイ大王。やっぱり人間の姿なのに人ならざる体をしていると、本能的に恐怖を感じたのでしょう。
oogui

▼このはな男も気持ちが悪い。
hana

▼そして極めつけはこのデカイケン。
dekaiken
こればかりはトラウマとなっているので今見てもキツイ。このボスだけは親に倒してもらった記憶があり、倒してもらっている間明りのついていない台所で待っていました。今思えば、暗いところで一人待ちぼうけているほうが恐怖を感じそうなものですが。

番外編でこのバナナ男。当時は別になんとも思わなかった敵ですが、今なら意味がわかってしまう敵です。
▼この姿が
banana1
▼こうなります。
banana2
そしてパーティに”精神”ダメージ。まあどうやっても剥けないなら保険効くから逆に大丈夫だよ!

▼番外編その2としてこのじへい男。意味がわからずプレイしててよかった。
jihei

▼そして仲間のシンシア。序盤でこいつと強制的に結婚させられるのはもう・・・。
sinsia

センスはピカイチ・・・センスは

ストーリーの大筋は意外とまともで、前世の宿命がある主人公とヒロインが途中仲違いしながらも悪の根源マカマカ博士を倒すというもの。FFの飛空船にあたるものがババアから奪う張り手だったり、仲間の愛した女性が実は不細工な男だったりと随所にぶっ飛んではいますが、それはいい意味で摩訶摩訶らしくセンスのよさを感じることができます。
前述の敵の気持ち悪さも戦闘中によく動くという部分の裏返しな部分もあり、グラフィックは本来かなりの評価点といえるのではないでしょうか。
ゲームの紹介をまとめたWikiではバグさえなければ良バカゲーだったかもとレビューされていますが、それに賛同できる部分は多々あります。もうバグがなければ摩訶摩訶ではないのかもしれませんが。

たいていの思い出というものは美化され、客観的に見たらダメなものでも「それもまた味があった」などと肯定したくなるのが人の常です。しかしこのゲームだけは「うん、間違いなくクソだったな!」とはっきりと言えます。まあ肯定するとしたら、こんなバグゲーには修正パッチがあてられる現代じゃ二度とお目にかかれないだろうな・・・ってことくらいでしょうか。

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