シュレーディンガーの配牌

麻雀

麻雀をやっていると運命とか流れとかの話になるのは必然だと思います。
ツイてるときは一発ツモ、ツイてないときは追っかけられたリーチに一発で当たり牌を引いてくる。

あるあるネタというか、単に打ってればよくある話です。

ですがよっぽどガッチガチの理系の人とかじゃない限り、『この配牌はあがれって言われるようなもんだろ』とか『このリーチで負けるとかないだろ』とかそんな理由で打ってるんじゃないかと。
その流れ論の中で一番自分が腑に落とすのが難しいのが、自動配牌卓での次回の配牌。

そもそも自動配牌と山から取り出す形で選べるのであれば、私は間違いなく自動配牌を選びます

だって楽だし、サイコロの目が2とか12は下家か上家かがパッとでてこないし、12でも一瞬自分から見て奥側から12数えそうなこともしばしば。
そもそもゲームじゃない場合は自動配牌で打つことがほとんどなので、山から配牌取る順番って右回りだっけ?左回りだっけ?って感じになります(その日1局目とかで南家だとほんとちょっと怖い)。

ってか配牌を取る順番は反時計回りなのに、山は時計周りで取っていくってよく考えたらおかしくないか!?

ってな感じで自動配牌がいいというか、自動配牌じゃないと経験不足により自分のリズムに支障をきたすというのが正直なところ。
自動配牌じゃない場合は、遠い記憶の手積み麻雀から呼び起こしてる感じです。

話はそれましたが、自動配牌の場合は当然ながらその局の6巡目あたりまでに次回の配牌が決まっています。
フリーの場合、場替えも基本的にない場合が多いと思いますので、局が区切られても次の配牌は決まっています。

ですが一般的な流れ論では「このアガリでウラウラ乗ったってことはもうイケイケだろ!」とか「あれに放銃したらそりゃ配牌も腐るよな」ってな感じです。

どう考えてもその前回の結果が関係してないわけです。

ってかまあいつだってそうじゃんって話なのです。デジタル囓ってなくたってそりゃわかります。
手牌が上がってくるまで、手牌がセットされているかいないかはわからないなんてことはないのです。

でも思うのです。

これをアガれない運命だったから、この配牌が決まっていたのでは・・・?なんて。
だからこの局で俺が負けるのは必然だったのでは・・・?なんて。

自動配牌で打つと運命論者になってしまうなあと。

そしていつも「次の配牌はなんだったんだろう。テンパイ流局でもう1局長かったら天和だったかなあ」なんて思いながら帰路に着くのでした。

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