高宮まり選手の報道を見て、気になったこと
KONAMI麻雀格闘倶楽部の高宮まり選手をめぐって、2026年9月18日に週刊誌が不倫疑惑を報じました。
現時点ではあくまで週刊誌報道の段階であり、ここでその真偽や私生活上の是非について言うつもりはありません。
私が気になったのは、その後のチームのあり方です。
報道後、高宮選手はMリーグの試合に出場しておらず、少なくとも表立った形ではチームから詳しい説明も出ていません。
もちろん、所属選手の私生活についてどこまでチームが説明するべきかは議論の余地があります。
事情を確認中なのか、競技とは切り離して考えているのか、あるいは何らかの理由で出場を見合わせているのか。
それを必ずファンに説明しなければならない、とまで言うつもりはありません。
ただ、KONAMI麻雀格闘倶楽部には『監督』がいます。
しかも単なる監督ではなく、滝沢和典選手が『選手兼監督』を務めています。
そこで改めて思ったのです。
Mリーグにおける選手兼任監督とは、いったい何なのでしょうか。
現在のMリーグには3人の選手兼監督がいる
2026-27シーズンのMリーグでは、少なくとも公式サイト上で3人の選手兼監督が確認できます。
KONAMI麻雀格闘倶楽部の滝沢和典選手、EX風林火山の二階堂亜樹選手、セガサミーフェニックスの茅森早香選手です。
選手として対局に出ながら、同時に監督でもあるという立場です。
野球やサッカーにも選手兼監督という例はありますし、肩書きそのものがおかしいとは思いません。
ただ、Mリーグという競技の性質を考えると、その『監督』に何を期待しているのかが少し分かりにくくなります。
滝沢監督自身は責任者と認識している
滝沢和典選手が2025年に選手兼監督へ就任した際、KONAMIはその役割についてかなり具体的に説明しています。
出場選手の采配やアドバイスを中心となって担い、選手それぞれの力を最大限に発揮できるチーム体制を目指す、としています。
そして滝沢監督本人も、公式インタビューの中で「僕が責任者として言えば、一戦一戦覚悟をもって臨めるのかなと」と話しています。
つまり、少なくともKONAMI側も滝沢監督本人も、単にオーダーを考えるベテラン選手という認識ではなさそうです。
チームをまとめ、選手の力を引き出し、一定の責任を負う人物として監督という肩書きを付けています。
だからこそ今回のようなケースでは、少し違和感が残るんですよね。
所属選手をめぐって大きな報道が出たとき、そのチームの責任者は誰なのでしょうか。
麻雀の監督は、そもそも采配で差をつけにくい
Mリーグにおける監督という存在を考えるうえで、他のスポーツとは大きく違う点があります。
それは、麻雀では監督の采配が試合中の結果に直接影響する場面がほとんどないことです。
野球なら投手交代があります。サッカーなら選手交代やフォーメーション変更があります。
バスケットボールならタイムアウトを取り、その場で戦術を指示できます。
しかしMリーグでは、一度選手を送り出せば監督が対局中にできることはありません。
誰をどの試合に出すかというオーダーには意味がありますが、それ以外の競技上の采配は極めて限定されています。
そしてそのオーダーだって、自チームで一番信頼の置ける選手を出しても4連続ラスを引くことすら十分にあり得るゲームです。逆に言うとそんな結果が出たって、監督の采配が悪いなんて叩かれません。
そう考えると、Mリーグの監督が『キャプテン』と明確に違う存在になるためには、むしろ競技外の部分を担う必要があるのではないでしょうか。
選手のマネジメント、チーム作り、対外的な発信、トラブル発生時の説明などです。
森井監督を見ると「監督とはこういうものか」と思う
その点で分かりやすいのが、KADOKAWAサクラナイツの森井監督です。
森井監督は自身の仕事について、出場オーダーの決定だけでなく、YouTube企画、ファンクラブ運営、グッズ制作、イベント、SNS、選手のケア、練習環境の整備など、チームのプロデュース全般を担っていると説明しています。
一方で麻雀の技術指導は選手に任せ、自分は選手が能力を発揮できる「土台作り」をすることが役割だと語っています。
これは一般的なスポーツの監督とは少し違います。
GMでもあり、マネージャーでもあり、広報でもあり、プロデューサーでもあるような存在です。
森井監督自身も以前から、サクラナイツの監督にはGMや広報などさまざまな側面があると話しています。
ただ、私はむしろMリーグの監督とはこういうものなのではないかと思っています。
麻雀では競技上の采配で監督の存在感を出すことが難しいのですから、それ以外の部分でチームを背負う。
それによって初めて、キャプテンとは違う監督という役割が生まれます。
選手兼任になると、その役割が途端に曖昧になる
ところが選手兼任監督になると、話が少し変わります。
自分自身も対局に出る選手であり、自分の成績も評価されます。
自分を出場させるかどうかを判断する立場でもあり、他の選手とは管理する側であると同時にチームメイトでもあります。
そしてチームに何か問題が起きたときには、監督として説明する側なのか、それとも所属選手の一人として企業側の判断を待つ側なのかが曖昧になります。
今回の高宮選手の件でも、少なくとも外から見ている限りでは、滝沢監督がチームの責任者として何を判断したのかという部分は見えてきません。
もちろん、実際には社内でさまざまな判断をしている可能性があります。
しかし、監督という肩書きを置きながら、問題発生時の対外的な役割を企業がすべて担うのであれば、監督とキャプテンの違いはどこにあるのでしょうか。
『責任を取る監督』にもなりにくい
もう一つ気になるのが、選手契約との関係です。
一般的なスポーツ監督であれば、大きな問題や成績不振があった際に監督を辞任するという形で責任を取ることがあります。
しかし選手兼任監督の場合、監督職と選手契約が重なっています。
仮に「監督として責任を取って辞任します」となったとしても、では選手としてはどうするのでしょうか。
Mリーグには選手の最低出場数など競技上の制約もありますし、一般的な専任監督ほど単純に進退を切り分けられる立場ではありません。
もちろん、監督だけ辞任して選手として残るということはできるでしょう。
ただ、責任を負う役職として見たとき、最初からかなり中途半端な立場になりやすいことは確かだと思います。
それなら『キャプテン』でいいのではないでしょうか。
そしてもうひとつの問題点が、選手兼監督はなんらかの団体に所属しているということ。
今回の場合、高宮選手も滝沢選手兼監督も日本プロ麻雀連盟に所属しています。
高宮まり選手という連盟人気の旗頭。
しかも、日本プロ麻雀連盟はMリーグを非常に重視しています。
高宮選手の処遇を決めるなんてことは滝沢選手兼監督には不可能でしょう。
クビの一端に関与したら今度は自分が団体から干されかねません。
選手兼任監督は、独立した『責任者』になれるのか
私はMリーグに監督が不要だとは思っていません。
むしろ森井監督のように、選手の環境を整え、チームを運営し、ファンに説明し、問題が起きたときにはチームの顔として前に出る人物を見ると、監督という存在には十分意味があると思います。
ただし、それは監督にしかできない役割を担っているからです。
すごい直接的なことを言ってしまえば、脇が甘く、まだ未熟な部分の多い麻雀業界の中で、スキャンダルやトラブルの矢面に立つということがメインの仕事とすら言えてしまう状態です。
それができないのであれば『キャプテン』でも成立します。
監督という肩書きには、もう少し外側からチームを見る立場や、チーム全体について一定の責任を負う立場を期待したくなります。
その役割まで選手本人に兼任させた結果、問題が起きても説明主体にはならず、進退についても独立した判断が難しいのであれば、それは実質的には『お人形』なのではないでしょうか。
選手兼任監督という肩書きに、改めて疑問を感じる
Mリーグという競技だからこそ、監督には競技外での役割が重要になります。
その意味で、専任監督と選手兼任監督を同じ監督という言葉で括ってしまうことには、少し無理があるのではないでしょうか。
少なくとも私は今回の件を見て、選手兼任監督という肩書きは滝沢選手に限らず茅森選手にも亜樹選手にも重すぎるもので、シンプルにキャプテンのほうがファンも本人も幸せなのではないかと思いました。

