最近、「個人ブログや個人ホームページがまた見直されるのではないか」という話を見かけました。
TwitterやInstagramのようなSNSは、結局のところ他人のサービスを借りている場所です。運営会社の方針が変われば表示されなくなることもありますし、サービスそのものが終わる可能性もあります。
その点、独自ドメインで運営しているブログは自分の場所です。
このブログなんかが最たるもので、noteなどのサイトに勝ってる点なんて、自分の場所っていう一点しかないですからね。
とはいえ、個人ブログが再び昔のように栄えるとはあまり思っていません。
今は長文を書くならさっきも名前を出したnoteがありますし、短い話ならSNSがあります。
何かを調べるにしても、わざわざ個人ブログを何件も開かなくても生成AIに聞けばかなりのことが分かります。
AIによる価値の逆転現象
ここで面白いのは、生成AIの登場によって、昔のWebで価値が高いとされていた文章と、価値が低いとされていた文章の立場が少し逆転していることです。
以前のブログでは、
「おすすめレンタルサーバー10選」
「初心者向け○○の始め方」
「○○を徹底比較」
のような、情報を整理して分かりやすくまとめた記事が検索では強いとされていました。
一方で、
「今日ここへ行って、こう思いました」
「この商品を3年使ったらここが壊れました」
「この仕事をしていたころ、こんなことを考えていました」
という個人的な文章はよっぽど売れっ子ブロガーとして文章が面白くない限り、役に立たない日記として扱われることも多かったと思います。
ところが生成AIは、前者をものすごく得意としています。
複数の情報を集めて整理し、比較して、初心者にも分かるように説明する。これはまさに生成AIが得意な仕事です。
反対にAIが自分だけでは作れないのが、後者です。
実際にその店へ行ったこと。
商品を何年も使ったこと。
仕事で変な失敗をしたこと。
ライブへ行って、思っていたのと違ったこと。
こういった「人間が現実で新しく観測したこと」は、AIがどれだけ賢くなっても、どこかから人間が持ち込まなければ増えません。
そう考えると、昔はWebであまり価値がないとされた個人の日記や雑記が、AI時代には逆に貴重な情報源になっていく可能性があります。
世の中ギブアンドテイク、だよね?
ただ、ここで少し問題があります。
その個人の文章をAIがどんどん利用するようになったとき、書いた側には何が返ってくるのでしょうか。
昔のGoogle検索には、一応分かりやすい交換関係がありました。
GoogleはWebサイトを検索結果に載せます。
利用者は検索結果からブログへやってきます。
ブログを書いた人にはアクセスが入り、場合によっては広告収入が入り、少なくとも「誰かに読まれた」ということは分かります。
Googleにも検索サービスとしての価値が生まれます。
完璧ではありませんが、一応お互いに得るものがありました。
生成AIでは、この関係が少し変わります。
個人ブログに書かれていた体験をAIが読み、その内容をAIの回答の中で説明してしまえば、利用者は元のブログを開かなくても済みます。
情報は使われています。
でも書いた本人にはアクセスも来ませんし、コメントもありません。広告収入もありません。自分の文章が誰かの役に立ったことすら分からないかもしれません。
これがずっと続くと、
「なんで自分がお金と時間を使って書いたものを、巨大なAIサービスの材料として無料で提供し続けなければならないんだろう」
と考える人が増えるのは自然だと思います。
絵なんかだと当初から大きな反感を買うポイントでしたね。
実際、AIによるクロールや学習を拒否したいと考えるWebサイト運営者はさらに増えていくでしょう。
AIがどうやってお返しをしていくのか
これはAI側にとっても困るはずです。
AIが特に欲しいのは、AI自身では新しく作れない情報です。
その代表が、人間が現実で新しく得た一次情報です。
ところが、その一次情報を持っている人たちが「AIに使われるだけなら公開しない」となれば、AIが読めるWebそのものが少しずつ痩せていきます。
AIがAIの書いた文章を読み、それをまたAIがまとめる。
情報量は増えているように見えても、新しい体験や観測は増えていないという状態になってしまいます。
だからAIと個人ブログの関係は、どちらかが一方的に得をする形では長く続かない気がします。
必ずしも大きなお金を払う必要はないと思います。
元の記事へのリンクでもいいですし、「あなたの記事は今月AIの回答で○回参照されました」と分かるだけでも、書く側の感覚はかなり違うと思います。
場合によっては収益の一部が還元される仕組みがあってもいいかもしれません。
趣味で個人ブログを書く人の多くは、別に大金を稼ぎたいわけではありません。
でも完全に何も返ってこなくてもいい、という人ばかりでもないと思います。
読まれた。
誰かの役に立った。
面白いと思われた。
少しお金になった。
何か一つでも返ってくるから、また書こうと思えます。
生成AIの時代になって、個人ブログが再びインターネットの中心になるとは思いません。
ただ、AIが増えれば増えるほど、人間が実際に見たり、やったり、考えたりした記録の価値はむしろ上がっていくような気がします。
そして、その情報をこれからも人間が公開し続けてほしいのであれば、AI側も個人サイトを単なる無料の原料置き場として扱うのではなく、何かを返す仕組みが必要になるのかもしれません。
AIにとっても人間にとっても、たぶんそのほうが長く続くんじゃないでしょうか。
焼畑農業をやるにも焼く速度が早すぎて、このままだと焼き切ってしまいます。


